ラストサムライ 小野田寛郎さん

先日、小野田寛郎さんが91才で亡くなった。 彼の生き様はまさにラストサムライ~
終戦を知らず30年間もフィリピンのルバング島で戦闘を続けていたが民間の鈴木青年の 写真がきっかけで1974年に帰還。

帰国後の小野田寛郎さんの言葉

私は戦場での三十年、生きる意味を真剣に考えた
戦前、人々は命を惜しむなを教えられ、死を覚悟して生きた
戦後、日本人は何かを命がけでやることを否定してしまった
覚悟しないで生きられる時代は、いい時代である
だが、死を意識しないことで、日本人は生きることをおろそかにしてしまっていないだろうか

しかし、帰国後 戦争被害者とも言える小野田さんに「軍国精神の権化」「軍国主義の亡霊」など批判が浴びせられた。 政府からの見舞金は靖国神社に寄付~ 「一緒に戦って死んだんですもんね。 それを軍国主義に加担するなんて言われたら、そんな人間と一緒にいたくない。 誰も好き好んで戦争をした訳じゃない」 それがブラジルへ移住した理由だったそうだ。

ブラジルから日本に帰国した理由は、1980年に裕福な家庭でエリートであった兄をもつ弟(浪人生)が両親を金属バットで殺害するという事件を知り、「子供がおかしい」と・・・ 少年犯罪に心を痛め、不幸にならないように子供が希望を持ってくれれば、希望が目的になるからと、祖国の為に健全な日本人を育成するために財団法人「小野田自然塾」を設立。 全国各地でキャンプ場を開き、遊び心を満足させる自然環境の中で様々なことを学び、人とのつながりの大切さを知る多くの少年たちを世に送り出した。

その彼でさえ常々「人は一人では生きられない」と口にしていたと言う。 平和の中で過ごす戦争を知らない世代は、小野田寛郎さんの言葉から学ぶものは多いと思います。

onoda

自然塾でのやさしい笑顔の小野田さん

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です